◆9◆
 こちらに戻ってくる梢子を認識した瞬間、汀は絶望した。
 なぜ彼女を連れてきたのだろう。メモだけ受け取って、一人で来たってよかった。その方が良かった。
 なぜ彼女を台座へ向かわせたのだろう。あの時帰らせてもよかった。その方が良かった。
 失態だ。そして失敗だ。
 なぜこんなタイミングで、二人を選んでしまったのだろう。
 群れるのは、嫌いなのに。
 ツキに見放されたか。昼の空に月は淡く。漆黒のツキも、ここには来るまい。
 自分が他の何かに浸蝕されて、消失していく感覚。
 剛強は、滅びる。
 滅せられる。
「馬鹿……オサ……! 戻ってくるな!」
 来るな、来るな。もうすぐ狂うこちらへ来るな。
 梢子は足を止めない。方向も変えない。
 ああ、まったく……! 忌々しいその優しさ!!
 歯を食いしばって、刻一刻と自由を奪われる身体を必死に動かして、携帯電話を取り出す。
 メモリーには守天党の頭に通ずる番号がある。守天がすぐにこちらへ来るのは無理だが、そこから千羽へ伝えてもらえば、彼女は、彼女だけは、ひょっとしたら。
 梢子は足を止めない。方向も変えない。
 まったく、いつまで経っても人の話を聞かない!
 膝すらつけなくなって、受身も取れずに頭から地面へ倒れこんだ。額の痛みはない。その感覚も奪われた。
 ああ、なぜ彼女に憑かなかった。
 彼女に憑いていたら、鬼と成った彼女を切ったろうに。
 覚悟もなく彼女を切って、今までどおり、恨まれるだけ恨まれて、それでお終いだったのに。
 
 
 
 
 静寂。
 
 
 
 
 ああ、そうか。
 覚悟もなく切れる、彼女の近しい人間が、いた。
 
 
 近しい?
 
 
 そうか。近しいと、思っていたのか。
 
 
 最後の最後で気付く。
 
 
 ばかばかしいな。
 
 
 気付いて、それでお終いだ。
 
 
 右手が地面を這う。
 
 
 刃をじかに掴んだ。その痛みも、ない。
 
 
 これでお仕舞いだ。
 
 
 少しでも、あの鬼切り役に近づけたろうか。
 
 
 切りやすいように仰向けになった。
 
 
 汀は刃を自身の首に当てる。
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