◆1◆
群れが苦手だ。
統率されているのならまだ良い。ひとつの個体を首として、他が手や足や腹や腑になっている、組織としての群れなら良い。首は手足に命令を下し、手足は首の命に従う。それは自然な形だ。動物的で美しい形だ。
嫌なのは集団としての群れだ。統率されておらず、個々が自由意志で動いて、手も足も腹も腑も区別なく自分勝手に動く。首がないのに動く。
それは、化物のようだ。
首がないのに動き回る化外みたいだ。
気持ちが悪い。自分とは絶対に相容れない。
それを思えば、己が立っているこの位置は性に合っているのかもしれない。
もしくは、生まれが性を都合よく作りあげたか。
どちらにしても、これだけは確かだ。
喜屋武汀は、群れることを厭う。
高度数千メートルで、荒い印刷の紙が一枚、ぺらんと揺れている。
紙は汀の手に捕まえられている。
航空写真を精一杯伸ばしたような、ギザギザの輪郭を持つ画像が映し込まれているその紙は、つまり地図だ。緑ばかりの画の中央、何もないようにしか見えないそこに赤い丸が打ち込まれている。目印だ。目的地だ。
「……これ、地図の意味ないんじゃない?」
汀は呆れ口調でひとりごちる。近くに行けば感じ取れるはずだと、地図を渡した相手は言ったが、近くに行くための地図がこれでは、探し当てるまで何日かかるやら。
「しかも遠いし。このへん、ウチの管轄じゃないわよね」
遠いのは僻地にあるからではなかった。むしろ日本の中心に近いと言ってよい。
地理的にも、社会的にもだ。
汀の『ウチ』はもっと南にある。南の南、日本の最南端を領土に持つ群島にあり、そこともう少し北に向かった辺りが、今までの管轄だった。少なくとも、汀にとって。
地図の辺りを担当している党は剣技に優れているのだという。遠く南にいる汀も、その流派の名前を聞いたことがあるくらいだから、かなり知れ渡っている、つまり『本物』だということだろう。
しかしながら、というか、だからこそというか、真正面から切り伏せるのは得意でも、今回のような小手先のやり口は不得手であるらしい。だから小手先の得意な汀が呼ばれた。別に汀でなくてもよかったが、能力と自由度を買われて白羽の矢が立ったのだ。
「ま、上に言われたらやるしかないのが辛いとこってね」
空いている片手を首の支えにしながら、汀は溜め息をつく。
先ほどから好き勝手に独り言を呟いているが、聞きとめる人間はいない。
汀の座っているシートの前後三列、全てが無人だった。それはある種異様な光景だった。他の席はほとんど埋まっている。観光シーズンでも修学旅行シーズンでもないが、通常便のビジネスクラスはクラス通りのスーツ姿がいくつも見える。
そんな中、ぽっかりとエアポケットのように空いたスペースに一人座る、私服姿の少女。
異様だったが、気に留める人も、またいない。
背の高いシートに深く埋まる汀は、誰より早く機内に乗り込み、誰の目にも触れずにいた。だから周囲の人たちは七列すべてが無人だと思っている。ただ単に空いているのだと思っている。
空気のように溶けて、汀は地図を眺めている。空気のように意識を漂わせて、地図をじっと眺めている。意識はセンサだ。誰かが……『何か』が近づいたらすぐに反応できるように気を張っている。
汀の腰につけられたポーチ。その中には珠が入っている。
その珠を地図の丸印へ持っていくのが汀の役目で、その珠が呼ぶのは鬼だった。
だから汀は気を張る。センサを張り巡らせて、鬼が寄ったら即応できるようにリラックスしている。身体が固まっていては迅速な動作ができない。
地図の下にプリントされている、大まかな住所へ目を移す。
知っている土地だ。まあ、大まかな場所は全国誰でも知っているような有名都市だが、大中小で分ければ「中」に当たる部分まで、汀は知っていた。
「小」までを知っている場所が、その近くにあった。
「……ま、いっか。別に」
ふい、と目を戻す。電源の切られた携帯電話は、たとえ生きていても取り出されることはなかった。
汀は群れを嫌がる。群れることを嫌う。