ディアレスト 05


「諦めるな!」
 怒号が耳をつんざいて、眼前に白が広がった。
「つ……っ」
 白花が突き出した腕、それに噛み付いた蛇が逆の手で握りつぶされる。負傷による荒い呼吸が雪に吸い込まれず聞こえる。
「白花さん!」
「まったく、誰も彼も……! 君たちは諦めが良すぎる!」
 いまだ迫り来る蛇を弾き飛ばしながら、白花は怒りもあらわに怒鳴った。
 感情的に怒鳴る姿を見てみたいと汀は思っていたので、願いは叶ったことになる。
「主の欠片はまだ残っている。全部つぶしたら君を怒るから手伝うんだ」
 苛立ちを隠そうともせずに滅茶苦茶な要求をする白花。だが彼に対する反論を、汀は持ち合わせていない。
 短い呼吸を繰り返す。思考する、指向を持つ。
 長く息を吐いた。棍を握る手に力を込める。
「怒られるのは嫌だけど、手伝わないわけにもいかないわよね」
 そして汀は為すべきことを執行する。
 
 白花の怪我は深くなかった。出血はあったが、蛇をすべて片付けてから出現したオハシラサマの力によって治療されて、今はもう痕跡はなにもない。
「ごめん、柚姉。無駄な力を使わせてしまった」
「大したことじゃないわ。この程度なら封印にも影響しないし」
 心なしか小さく見える白花の背中である。
 「さてと」白花がこちらへ振り返る。彼の表情は怒りにけぶり、寄せた眉の下にある両目がまっすぐに汀へと向かっている。うぅ、と汀が腰を引いた。
「前々から思っていたんだけどね、鬼切り部は基本的に勝手なんだよ。自分が失われることに抵抗がなさすぎるんだ。烏月は、君はそうじゃないかもしれないって言っていたから、僕も期待していたのに」
 どうやら己は彼の期待を裏切ってしまったらしい。別段、そのことに罪悪感は覚えないものの、不満そうに見据えられるとやはり居心地が悪い。
 それにしても千羽烏月め、どこまで人のプライベートなことをベラベラと喋ったんだ。そういえば葛もロマンチックな部分がどうとか言っていた。あれはそういう意味だったか。
 確かに、詩情的な私情ではある。わがままと言っても良い。
 己のままに、想いのままに。しない方が良いことをするわがまま。
「自分から離れるくせに、それでいて一人前に傷つくんだから始末が悪い。どういうわけか、僕の周りにいる女の子はそんな子ばかりだ。自分だけで勝手に決めて、自分だけが犠牲になって」
 ふぅ、と白花の唇から溜め息。
「葛にしても、柚姉にしても。
君もだよ、喜屋武さん。あの時一歩引いて僕を盾にしたら防げただろう」
 それは思考の中で浮かんだ手段の一つではあった。
 けれどあの時、彼は汀の背中を守っていたから、つまりこちらに背を向けていたのだ。その状態で立ち位置を入れ替えれば彼は無防備な背後を敵に晒すことになる。
 以前の汀なら、それでもその手を使ったのだろうけれど。
 今の汀では、その手を選べなかったのだ。
「僕は怒ってるんだよ。葛にも、柚姉にも、君にも。僕を蚊帳の外において自分だけで完結しないでくれないか。
……僕だって、会えない寂しさくらい知っている」
 汀は理解する。
 月を見て泣いていた彼は、あの涙は、彼自身のために流していたのではなかったのだ。
 あれは誰かを哀れんでいた涙だった。
 月である妹をか、彼女と分かたれてしまった誰かをか、その皆を哀れんでいたのだろうか。
「けど、あなただって。白花さんだって、誰かと会わないことを選んだんでしょ?」
「僕はいいんだ。男だから」
「それ、理由になるの?」
 少しだけ面白くて汀が苦笑のように笑う。「立派な理由だよ」けれんみのない、健やかな口調で頷いて、白花はオハシラサマへ首を向けた。お説教は終わったらしい。
「だから、柚姉。僕を頼ってほしい。もうあの頃の何も出来ない子どもじゃないんだよ、僕は。
考えずに流されて、鑑みずに進んで、取り返しのつかないことをしてしまう子どもじゃないんだ」
 その声に宿る確かな想い。感じ取れないはずもないだろうに、それでもオハシラサマの彼を見る目は幼子へ向けるものと変わらない。
 大切に思ってはいるけれど、どうあっても、特別な想いは抱けない、そんな眼だった。
 白花はそれをすら柔和に受け止める。
「……本当に、大きくなりましたね、白花ちゃん」
「うん。柚姉よりずっと大きいだろう? 力もきっと、強いよ」
 彼女の姿は相変わらず揺らいでいる。さっきよりも揺らめきが大きいような感じもあった。おそらく、また封印の隙間を突かれないように、表出させている力の割合を減らしているのだ。姿を取ることすら覚束ないのだから、おそらく、生身が触れることは叶わないだろう。
 それを判っているのか、白花の手が彼女に伸びることはなかった。
 彼女の手も、祈りの姿勢みたいに胸の前で重ね合わせたまま、動かなかった。
「小さな頃は桂ちゃんとそっくりだったのに、見違えたわ」
「でも柚姉は、あの頃から僕と桂を見間違えることはなかったね」
「それは、」
「桂を判別できたからだろう? 桂だけを柚姉は桂として見分けられたんだ。そうすれば僕は消去法で白花だって判るから」
 小さく肩をすくめながらオハシラサマの言葉尻を奪う白花に、オハシラサマはかすかに息を呑んで視線を落とした。
「嫌なわけじゃないんだ。理由はどうあれ、柚姉が僕たちを見分けてくれたのは事実だし、僕たちはそれが嬉しかった。だから僕たちは柚姉が大好きだったよ。
そういえば、どっちが柚姉をお嫁さんにするかで喧嘩したこともあったっけ」
 思い出したのか、ずっと表情を強張らせたままだったオハシラサマが、くすりと口元をほころばせた。
 それは思い出せるほどの近い過去なのだろう。
 諦めるには、短すぎる時間だったのだ、彼にとって。
「あの頃はそんな言葉しか知らなかったけど、今はもう少し正確に言える。僕はね、」
 ひらりひらりと舞い降りる切片を手のひらに受ける。まるで花弁のようなそれは少しだけ形を保ったままでいたけれど、すぐに白花の熱で溶けた。
「柚姉を、幸せにしたかったんだ」
 言葉は本心で、祝詞のように彼女へ捧げられた。
「白花ちゃん……」
「血統も力も、僕なら申し分ない。ついでに、主には意趣返しくらいしてやりたいしね。だから柚姉、お願いだから僕のわがままを聞いてくれ。……桂のそばで、幸せになって」
「でも、桂ちゃんは私のことを忘れているわ。今更あの子に会っても……」
「思い出せなくても、もう一度出逢えばいい。大丈夫、桂が柚姉を拒むはずがないんだ。記憶がなくたって、桂は桂なんだから」
 かすかにオハシラサマが震えたような気がした。ただの揺らめきなのかもしれないが、それは泣き出すのを堪える条件反射みたいにも見えた。
 「けど……」彼女はまだぐずぐずと迷っている。
 ううむ、と汀は顎に手を当てて唸った。
 確かに白花の言うとおり、彼の周囲には勝手な人(眼前の彼女を人と言ってしまっていいか判らないが、気分的にそう表現したい)が多いらしい。己を犠牲にすることは厭わないのに、他者を犠牲にするのが嫌で嫌でたまらない、そんな身勝手さ。
 そして汀も勝手だった。具体的に言えば寒いので早く終わってほしかった。
 スッと手を挙げて、二人の間に声を割り込ませる。
「あー、あたしの灰色の脳細胞が告げるところによると、白花さんがオハシラサマに接がれるのは理に適ってるわ」
「え……?」
 オハシラサマだけでなく、白花まできょとんとこちらを見やってくる。
 汀は祭儀の成り立ちもオハシラサマが祀られた経緯も知らない。だから、灰色の脳細胞はそんな方面から考えはしなかった。
「さっき、白花さんは自分の半分をオハシラサマに繋ぐって言ってたでしょ。
羽藤白花の半分、『羽』と『白』で『羽白』、読み方変えれば『ハシラ』ってね。さらには槐の樹は確か、白い花をつけたはず。化身として白花さんが成るのは道理。違う?」
 自信満々に言ったが、ただの言葉遊びだった。けれど自分たちにとって言葉で遊ぶことは重要な意味を持つ。
 言葉は神へと通じるもっとも強力な手段であり、『遊び』は古代において、神と同一化する行為を指した。
 言葉で遊ぶ――――神へ呼びかけて、神と成る。
 だから汀の台詞は、祝詞と同じ意味を持っていた。
 烏月が汀を紹介したのは偶然だろうが適材適所だったと言える。汀は嘘をつくのと同じくらい、言葉で遊ぶのが得意だ。
「白花さん、あなたオハシラサマを人間にしてそこで終わるつもりじゃないでしょ? ちゃんとオハシラサマと妹さんが出逢えるまで見守っていくわよね?」
「あ、ああ、そのつもりだけど」
 「オーケィ」汀が満足げに頷いた。
「羽白を捧げて、残るのは『藤花』。藤の別名に『まつみぐさ』ってのがあるわけ。行く末、結末を見届けるで『末見』。こっちも道理は通ってる。オハシラサマが幸せになるのを『待つ身』ってのもアリかな。ま、本当は樹木の松を見るで『松見草』なわけだけど」
 成りませい、生りませいと汀は訴える。
 二心一柱の神と成り、一人の人間と生ってほしいと、祝詞を紡ぐ。
 オハシラサマは沈んだ表情で眼を伏せていた。
 薄く開いた唇がかすかに動く。誰かの名を呼んだようだった。
 ああ。見とめた汀は何故か切なさを覚えた。
 彼女はずっと、その名をそんなふうに切々と、切実に唇へ乗せていたのだろう。
 白花はそれが切実に我慢できなかったのだろう。
「……判りました」
 こじつけに納得したわけではない。そうやって馬鹿馬鹿しいこじつけをしてまで汀が白花に協力したことの意味を汲み、それ以上に、自分自身の願いを彼女は受け入れた。
 中央にオハシラサマが横たわり、挟み込むように白花と汀が立つ。
 両手を合わせて瞑目していた白花がふっと息をついて、一度目を開けた。
「柚姉」
「なぁに、白花ちゃん」
「……会いたかった。ずっと会いたかったよ」
 それはきっと、誰かのために行動し続けてきた彼が初めて彼女へ告げる、彼のためだけの言葉。
 横たわる青髪の少女は少しだけ困ったように笑って、「ええ、私も」と答えた。
 彼は万感の想いを込めて微笑み返した。
 そんなふうにして、最初で最後の彼の告白は届かずに終わった。
 術が始まる。異口同音に白花と汀が呪を唱えると、オハシラサマの輪郭が鳴動のように淡く瞬いた。
 いつしか白花の身体も同じように明滅を始めて彼の口から音が途切れる。汀はそれを補うように声量を上げていく。合わせて二人を包む光は明度を増していき、まばゆいほどの白光に目を射られた。汀は右目を閉じて、残った左目も半分ほどの細さにする。
 やがて汀の唇も閉じられた。ゆっくりと光が収束していく。汀は肩で息をしている。本来なら自分ひとりで執り行えるような儀式ではない。先に大神たる一言主へお伺いを立てていたからこそ、なんとかすべての手順を踏めた。
 光が消えた瞬間、極度の疲労感に耐え切れず雪面へ膝を着く。激しく咳き込んで、さらにえづいた。嘔吐感はないがこのままでは胃の中のものが逆流してきそうだ。汀は歯を食いしばって必死に呼吸を落ち着けた。
 最初の術とは比べ物にならない消耗だった。白花がどれだけフォローしてくれていたのかをまざまざと実感する。倒れこみたかったけれど、生憎と視線の下は一面の雪景色である。これ以上寒い思いをするのは嫌だ。
 両手で自身を支えながら、汀は顔を上げる。
 白花も青髪の少女も穏やかな表情で横たわっていた。視線を巡らせて槐の樹を見やるとこちらも安定している。封印はほころびなく施されていた。
「はああぁぁ……」
 安堵の溜め息が深々と吐き出されて、汀はのろのろと立ち上がった。
「おーい、二人とも起きろー。成功よ成功。パーフェクトにミッションコンプリート」
 両手を叩き合わせながら呼びかけるとまず白花が目を覚ました。起き上がった彼の身のこなしはさっきまでと変わらないが、微細な違和感を覚える。
 目に見えないものが変化していた。いや、変化というより減衰か。無事に彼の半分は融合せしめたらしい。
「うまくいったみたいだね」
「なんとかね。正直、めちゃくちゃ疲れた」
 「お疲れさま」白花が労わる。
「君がいてくれて良かった。ありがとう」
「任務だから」
 汀は正直な気持ちを言ったのに、白花は照れ隠しだと思ったようで、親しげに笑った。
 彼は満足そうなふうでいる。後悔など微塵も見えない。ただ己の願いが叶ったと、それだけを喜んでいる。
 どうしてそんな表情ができるのだろう。
 御霊の半分を捧げて、寿命を三十年も縮めて、それでもなお笑える、その理由。
 ふ、と汀の首筋を冷たい風が通った。
 無意識に槐へと目が行く。
 あの中には、白花の半分が宿っている。
 そして、彼女の半分も。
 封じる神と封じられた神。そんなものを内包しているあの樹は、まごうことなく霊木である。樹木の命はただでさえ長い。百年、千年単位でその命を保つのだ。いわんや霊木をや。
 融合して、一柱と化した彼と彼女は。
 これからずっと、あの中で誰にも邪魔されることなく、長い長い時間を過ごすのではないか?
「……それが」
 思わず口をついて出ていた。
「二人で眠り続けることが、あなたの目的?」
 果たして、彼はしたたかに目を細めた。
「僕と桂は昔から同じものを好きになってたんだ」
「それで、どうしてたの?」
「いつも半分こしてたよ。桂は腕白だったけど優しかったから、最初は独り占めしたがるけど、最後には僕に半分くれるんだ。僕が泣いたりすると、怒ってるんだか慰めてるんだか判らないような調子で全部くれることもあったかな。
さすがに、この年になると簡単に妹の前で泣くわけにはいかないけど」
 汀はげんなりと口をゆがめる。
 そんな『子どものわがまま』のために、自分はこんな苦労を強いられたのか。
「ま、済んだことだし不問にしましょ。
個人的には、あんたの選択を幸福だとは思えないけど」
「言っただろう、僕と桂はなんでも半分ずつ分け合ってた。
……僕は『柚姉と過ごすこと』の半分、『普通』を桂にあげたかったんだよ」
 神と神としての、非日常の幸福と、人と人としての、日常の幸福。
 そんな理由を聞いてすら、汀にはそれを幸福とは思えなかったのだけれど、今更彼を責めてもどうにもならないので、こめかみを揉み解しながら「はいはい」とおざなりに返事をした。
「あなたとは判り合えないってことは良く判った」
「うん、君はそうだと思った。葛も柚姉も、烏月やサクヤさんも、賛成するかどうかはともかくとして理解はできる。だから君がこの話を受けてくれて良かったと思うよ」
「理解者の方が楽なんじゃない?」
 切なげに吐息を洩らして、白花はその名のとおり、白い花弁のようにはらりと笑った。
「もしみんなが僕を理解して、『お前の気持ちは良く判る。こうするしかなかったんだから仕方がない』と言われてしまったら、僕はあまりに哀しいだろう」
「ああ……なるほどね」
 彼は自らこの道を選んだ。
 けれど、だからといって、それ以外の方法を見つけていないわけではなかったのだ。
 他にいくらでも方法はあった。もっと納得できるものや、もっと犠牲の少ないものだってあったはずだ。
「さっきから葛さまの名前が出てるけど、あの人、なにをしたの?」
「桂と知り合って、仲良くなって、桂を守るために桂の記憶を消した」
「……あー。葛さまって、もしかして馬鹿?」
 本人の前はおろか、鬼切り部の誰の前でも口に出来ないようなことをあっさり言ってのけた汀に、白花が軽く困り顔になった。
「そういう部分では、そうかもしれない。あるいは賢すぎるんだろうね」
 過ぎたるは及ばざるが如し、か。彼の評価の方が正当で正答なのだろうと汀も思う。
 白花がささやかな、しかし重い溜め息をついた。
「どうしてみんな、自分だけで決めてしまうんだろうね。僕に言ってくれたら、僕がどうにかできたかもしれないのに」
 疲れたように、失望したように呟く彼の横顔は虚脱みたいな怒りを浮かべていた。
 今回も、そういうことなのだろう。
 ただ彼は、もう自分が関われないまま終わるのが、嫌なだけだったのだ。
 己の半分を捧げてまで、彼は彼女たちに深く関わりたがった。
 汀はそんな彼に苛立ちを覚えていた。それと同時に奇妙な親近感も抱いていた。この先なにがあっても判り合うことなどできっこない。だからこそ、彼を救ってやれるのは汀しかいないのだ。
 恋も友情も芽生えはしなかったが、それでも汀はある意味で選ばれてしまった。
 まぶたを下ろして、上げる。
「だったらこっちも遠慮なく言わせてもらう。
――――こんなのは、違ってる」
 白花はどこか肩の荷が下りたように視線を和らげた。
「ああ。君にとってはそうだろう。それが君の正しさだ。
そしてこれは、僕の正しさなんだよ。
……僕はずっと、こんなふうになりたかった」
 真正面から糾弾されて、切り捨てられて、否定されたのに、彼は心底嬉しそうだった。
 やはり善人か。
 心の芯から、彼は許されることに耐えられない、善人だった。
「桂はきっと世界で一番、柚姉を幸せに出来る存在だ。だから僕は、これでいいんだ」
「男だから?」
 眉を片方上げて、シニカルに問う。
 まあそういうこと、と彼がほがらかに頷いた。
「……やっと終わった」
 視線を汀から外して呟かれた独白。汀は聞こえないふりをした。
 彼の視線が移った先には槐の樹がある。あの中に閉じ込められた半分は、彼に何かを伝えているのだろうか。それとも、完全に別のものとして、あの中で静かに眠っているのか。
「柚姉が起きたら帰ろう。戻ってからしなきゃならない手続きや事務処理が山積みなんだ」
「そりゃまあ、十年以上消えてた人を社会に戻そうっていうんだから、大変でしょうね」
「君はどうする? 一応、葛には僕から伝えておくから、休養したければ残っていても構わないけど」
「や、あたしも帰る」
 自身の首を揉みながら、視線を遠くへ飛ばした。
 脳裏に浮かぶ顔はひとつ。
「早く寝たくてしょうがない」
「ああ、予定外に主の欠片が出たりしたし、大きな術を使って疲れたろう。ゆっくり休むといい」
「そういう意味じゃないけど」
 にやんと笑うと、白花がちょっと顔を赤くした。機微を読めすぎるのも考え物だ。
 あまり苛めるのも可哀想か。汀は空咳をする白花から視線を外して、バッグを拾い上げて背負い、安らぎの表情で眠る少女へ目をやった。
「そういえば、あなたがオハシラサマを呼ぶ時の『ゆうねえ』ってなに? まさか『幽霊』がなまったとかってわけじゃないでしょ?」
「本当にまさかだね。僕が柚姉って呼び始めた頃は人間だったわけだし。
ただの名前から来た愛称だよ。彼女の名前は――――」
 
 そして、羽藤柚明が目を覚ます。



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