ジョウゼツ
 
 
 そして恋は舞い降りなかった。
 
 
 守天党を通して千羽の者に連絡をつけ、迎えの車を用意してもらった。さすがに血みどろの格好で山を降りてタクシーを拾うわけにもいかない。
 運転手はにこやかだった。汀の様子にも驚いたりはしない。「お疲れ様でございます」という一言がなんだかプロフェッショナルで、汀は初老の彼に好感を抱く。
「ホテルに戻る前に、千羽の方々がお使いになられているお屋敷へ向かいます。そちらで身支度を」
「ええ、ありがとうございます」
 ちらりと隣の梢子を見やる。彼女は視線に気付いたが、「なに?」というふうに首をかしげた。どうやらついてくるつもりでいるようだ。彼女の衣服は汚れていないし、怪我もしていないから先に帰らせようかと思っていたが、彼女の反応を見てやめた。
 なんだろうこれは。甘さ、だろうか。
 その甘さが彼女に対してなのか自分自身に対してなのか、どちらにしても面白くはない。
 車の後部座席に二人で乗り込むと、それは静かに走り出した。音がほとんどない。振動も緩やかで乗り心地は最高と言えた。依頼主だからか、千羽はずいぶんと気を遣ってくれているようだ。
 シートに深々と座り、汀は溜め息をつく。
「にしても、時間がかかるだけで楽な仕事だと思ってたら、意外と重労働だったわ。やっぱ荷物が多いと駄目よね。疲れた疲れた」
「ちょっと汀、それどういう意味?」
「どういう意味に聞こえてても構わないけど? ま、あたしとしてはオサに足手まといの自覚があってくれると嬉しいわね」
 にやんと笑ってみせると、梢子は見る見るうちに不機嫌になって、それをごまかすように視線を正面へ向けた。
「私がいなかったら、どうなってたか判らないくせに」
「そうでもないけど。オサがいなかったらあたし一人で成りかけを出し抜いて、無事に封印して余計な苦労はしなくて済んだ」
 一瞬で梢子の頬が紅潮する。怒りだ。お前のせいで死にかけた、という意味に取ったのだろう。そう取られるように言ったのだ。それで良い。
 彼女は素直だから、言葉を言葉通りにしか捉えない。
 君を危険な目に遭わせずに済んでいた、という意味に取られたら不愉快だ。
 だから彼女の反応は好ましい。
「減らず口って、汀のためにある言葉よね」
 苛々とした口調で梢子が言い捨てる。褒め言葉と受け取っておく。
 直情径行な横顔は険しい。やれやれと息をついて、汀はその横顔へ手を伸ばした。
 するり、頬を人差し指の背で撫でる。梢子はまだ不機嫌そうな顔をしていて、気安く触れるなとばかりに眉を寄せた。
「血は、色がついてるけどね」
 己の顔や首には赤いものがこびりついている。誰にでも見て判る跡だ。
 彼女の頬に残った跡は、色がないからすぐには気づかない。
 気づかないふりをしてやる優しさを見せようとしていたのに、彼女が怒るから見過ごせなくなってしまった。
 頬を撫でる指が、透明な跡を辿っているのだと察した梢子の表情が変わった。険しさが消えて、気恥ずかしさが代わりに浮かぶ。
「ちが……っ」
 汀の手を振り払い、梢子がゴシゴシと乱暴に手のひらで頬をこすった。もう遅い。涙の跡は消えても汀がそれに気づいた事実は消えない。
 二人にあった自然な隙間が失せる。逆側のドアに手をついた汀は、触れるほど近くで梢子の瞳を見つめた。
「心配した? それとも安心した?」
「……馬鹿……っ」
 どうしてだろう、彼女に馬鹿と言われるのが嫌ではない。これも頭文字Mのなせる業というやつか。
「涙って血と同じものなのよね。良かったわねオサ、大好きなミギーさんとお揃いよ?」
「全然嬉しくないしっ。いいからちょっと黙って。それから離れて」
「そう言われても、減らず口の持ち主だしねー」
「黙りなさい」
 一音ずつ区切りながら言って、突き出した手のひらでむぎゅうっと顔を押しのけてくる。ちょっとひどいと思った。
 頃合かと姿勢を戻す。なにせ密室、喧嘩になったら止めてくれる人がいないから収集がつかなそうだし、にこやかな運転手に対しても申し訳ない。場を慮る分別は持ち合わせている喜屋武汀だ。
 手持ち無沙汰なので首筋の血を指でこそぎ落としていたら、その手を梢子に取られた。
「ん?」
 別に拒む理由もないので好きにさせると、彼女はグローブを手から抜いて、むき出しになった手のひらへ視線を落とした。なにをしているのだろう。少なくとも、手相を見ているのではなさそうだが。
 グローブは裂けているが、手のひらに傷はない。成りかけ……神が治してくれたから綺麗なものだ。
 梢子はその手を包み込む。
「……もう、あんなことしないで」
 ああ、そういえばこの手は。
 刃を、握ったのだっけ。
「……さあ、どうかしらね」
 ひょっとしたら、頬に残る跡は心配でも安心でもなく、怒っていたのかもしれないな、と思った。
 少し笑えた。
 
 
 
 
 連れてこられた屋敷は大きかった。高さのあまりない日本家屋だ。門から大きい。そこを抜けると汀の肌がピリピリと刺激を受ける。結界が張られているのだと身体で理解する。人の身で感じられるのだから、かなり強力なものだ。
 玄関先に人が立っている。門番ではない。そんな立場にある者ではなかった。侵入者を入れぬために立っているのではなく、来客を迎えるために立っている。
 千羽烏月。鬼切り役。千羽の党首で依頼主で、汀の個人的に厄介な現況の元凶だった。
 烏月は汀を見とめて軽く目を細める。
「無事済んだようだね。ありがとう。守天党にも礼状を送らせていただくよ」
「そりゃなによりだわ」
「そちらは?」
 烏月が首の動きで梢子を示す。水を向けられた梢子が小さく跳ねた。烏月に見惚れていたのだな、と汀は心の中だけで苦笑する。確かに彼女は見惚れるに値する美しさだ。しかし胸は勝っていると見た。だからどうだというわけでもないけれど。
「ああ、部外者よ部外者。たまたま現場に居合わせちゃってね」
「ちょっと、汀。その言い方はないんじゃないの?」
 突っかかる梢子の様子に、烏月が微妙に眉を上げた。不思議そうな、呆れているようにも見える表情だった。
「……ご友人のようだけれど」
「友達なんかじゃないわよ」
 表情を消して答えた。
 烏月の視線が変わる。少々彼女には似合わない目の色だった。厳かで落ち着きのある彼女の基本的な雰囲気には似つかわしくない、それは好奇という名前の色。
 対して梢子は素直に憤慨している。
「なによそれ、私、私は、あなたのこと……」
「はいはいとりあえず休ませてもらいましょ。行くわよオサ」
「汀! 人の話はちゃんと聞きなさいよ」
「いいから」
 一歩引いて道を開けた烏月が、通り過ぎる一瞬に小さく笑った。
「おめでとう、で良いのかな、この場合」
「そうね。おめでたいわ。自分の頭のおめでたさに、自分で呆れるくらいよ」
 眉間にしわを作りながら答えると、烏月は細めた目をさらに優しくした。
「ご武運を」
 いやに的確なはなむけだったので腹が立った。
 
 
 湯を使わせてもらって、用意されていた着替えを身につける。色は黒。あまり趣味ではない。黒に良い思い出はない。自身も、彼女も。
「……ま、仕方ないか」
 烏月が空けてくれた一室へ入ると、梢子が手ずから淹れた日本茶を飲んでいた。和室で茶を飲む梢子というのは妙に画になる。おじいちゃん子だと言っていたからそのせいかもしれない。正座をしているその背すじは直線。潔くて綺麗な姿勢だ。ところで正座をしすぎると足が太くなるのだが彼女は知っているだろうか。知っていてもあまり気にしなさそうだ。客観的に見れば十分整った部類に入る面立ちと身体つきだというのに、彼女はそういった部分において自覚的ではない。
 自覚的でないからこその小山内梢子、とも言える。
 己の容色に無自覚で無頓着だから、彼女は潔くて美しい。
 言わないけれど。
「おまたせオサー。あたしがいなくて寂しかった?」
「そんなわけないでしょう」
 さすがにこれくらいでは動揺しなくなった。「髪、まだ濡れてる」手招きをするので従って彼女の前に腰を下ろすと、梢子が首にかけていたタオルを取って汀の髪を拭き始める。
 猫になった気分だ。
 短い髪を包み込んだタオルがやんわりと往復する。汀は少し猫背になって床を向く。耳の後ろを拭かれた時、ちょっとくすぐったくて笑い声がこぼれた。
「汀が黒い服着てるのって、なんだか変な感じね」
「んー、自分じゃあまり着ないわね。こういう地味なのって趣味じゃないし」
「夏姉さんは黒ばかりだった。選ぶのが面倒だからって」
 汀は顔を上げないまま、「んー」と答えた。
「私も格好にはあまり気を遣わないけれど、それにしたって黒ばかりはないと思ってた。夏姉さんだって年頃だったんだし、もう少しなんとかならなかったのかしら」
 梢子の言葉はすべて過去形だったけれど、その口調には思ったより痛みがなかった。
 一番強かったのは、懐かしさ。
 懐古で、追憶。
 もう過去なのか。
 ああ、それなら、良かった。
 「よし、終わり」梢子がタオルをどけたので汀は顔を上げた。元々長さのない髪は、几帳面に拭かれたおかげでほとんど乾いている。
 その前髪を梢子の右手がかきあげた。「ん? どうしたのオサ」「傷、ないわね」額に負っていた傷が消えているのを確認した梢子が、半ば感心した風情で呟く。それは自分でも確認していた。治りかけだったが、あの神がついでとばかりに完治させてくれたようだ。
 額から首筋へ、梢子の手が撫で下りる。
 自分では判らないが、きっと彼女が撫でている箇所は、刃の触れた部分だ。神が治すまでもなく切れなかった部分だが、確かめずにいられなかった、彼女は。
「……馬鹿。無茶して」
「鬼切り部はね、そういうものなの」
「だからって」
 鬼と成ったら親でも、自分自身でも切るのが鬼切り部。
 きっと彼女には理解できない。
 そんな非情は彼女には不要だ。
 鬼切り部ではない彼女には、鬼切り部のイデオロギーなど理解する必要はない。
 だから言える。
 彼女を殺したくなかった、という喜屋武汀個人の思いは、言わない。
 いつまで経っても梢子が手を離そうとしないので、いい加減煩わしくなって身を引く。
 驚いたことに彼女は追いかけてきた。
「そんなにベタベタさわんなくても、どこも怪我してないし穢れてもいないわよ」
「ん……」
 しぶしぶ、梢子は手を下ろす。それでもまだ物足りないというように右手が頼りなく動いて、結局それは自身の膝に落ち着いたのだけど、彼女はそんな己の行動に戸惑っているようだった。
「……ねえ、汀」
「なに?」
 そこはかとなくうろたえた表情で、梢子は汀に助けを求めるような目を向けた。
「私、どうして汀にさわりたいのかしら」
 ゴッド。汀は思わず神に嘆いた。
 そうじゃないかと薄々感じてはいたが、彼女は本気で気づいていないらしかった。
「天然……ていうか、天然記念物ものよね、その鈍さ……」
 先ほどの、烏月との会話で既に勘付いていた。友達じゃないと汀が言った時の反応だ。あの時彼女はどう言った。私は。私はあなたのこと。
 続きは聞かなくても判る。話の流れから導くことなど簡単だ。
 私はあなたのこと友達だと思っているのに。それがオールフレーズで間違いない。
 そして友達だと思っている相手に、こんなふうにベタベタ触ったりはしないのだ。少なくとも小山内梢子はそういう人間だ。その齟齬が彼女自身を戸惑わせている。
 なんというおめでたさだ。その点だけは似たもの同士か。よりによってそんな部分だけが似ているのか。なんだこれは。どこの誰のどういう嫌がらせだ。
「汀?」
「いや、ちょっと涙が……」
「やっぱりどこか痛むの?」
「…………そうね、豊かな胸が」
 梢子が顔をゆがめた。「は?」からかわれたと思ったらしく、「元気なんじゃないの」とにべもない返事が届く。
 思わず力のない笑いが洩れて、そんな半笑いのまま汀は梢子へ腕を回して抱き寄せた。
 すとんと腕の中へ納まった彼女は不可解な顔をしたけれど、嫌ではないのか拒まない。
「オサ。あんたあたしに馬鹿馬鹿言うけど、間違いなくあんたの方が馬鹿よ」
「どういうことよ、それ」
「オサが馬鹿だからあたしが苦労するってこと」
「説明になってないじゃない」
「オサが馬鹿すぎて説明する気にもならない。『馬鹿』ってね、語源を辿るとサンスクリット語の『迷妄』って意味を持つ言葉になるのよ。まさしく今のあんただわ」
 真実を見誤って、それに気づかない無知である。これほどまでに彼女を的確に表した言葉があるだろうか。
 梢子は喉の奥で唸っている。汀から言われたことには立腹しているが、さりとて汀から離れるのも嫌だ、そんなふうに唸る。二律背反。彼女は自身の感情をもてあましている。
 それにしても……まったく! いくら自分で選んだとはいえ、この仕打ちはあんまりだ。烏月から受けたはなむけが今さら恨めしい。
 く、と梢子の顎を持ち上げる。「ちょっ」梢子が咄嗟に避けた。
「こんなところで、それは……」
 こんなところ。確かに。ひと気がないとはいえ、屋敷内には烏月をはじめとして千羽党の面々がいるだろうし、和室なので鍵つきのドアなどない。部屋を区切っているのは薄っぺらな襖一枚だ。結界は張られているようだが、それに人を払う力はない。
 まったく、不愉快だ。
「なんで気づかないかなぁ……」
「え、なにが?」
「オサ、あたしとキスしたくない?」
「え……」
 浮かんだ表情は苦慮。答えが出せなくて梢子の面差しが苦悩に曇る。
「したくないなら、嫌がっていいけど。人がいるからとか、他人の家だからとか、そういうの抜きでオサがあたしとキスしたくないなら、無理にはしない。そうじゃないなら目を閉じて」
 ゆっくりと。不意打ちではなく、考える時間も避ける時間も充分に与える速度で唇を近づける。
 前髪が触れ合う段になって、梢子がまぶたを下ろした。
 三度目だった。
 三度目の、眠ってもいない、理由もない、誓いもない、互いが了承した感情だけのキスだった。
 
 一度目は気の迷い。二度目は気の惑い。では三度目は?
 
 汀は怒っていたので、触れてすぐに離れはしなかった。唇を触れ合わせたまま、彼女の髪へ指を差し込んで撫でる。頭を抱き込んで髪を撫でていると、なにか固いものに触れた。形をなぞると、細長く、規則的に波打っている。彼女がいつもつけているヘアピンだと気づいた。
 感触で察したか、梢子がヘアピンに触れている汀の手に自身のそれを重ねてきた。力はないが拒むような雰囲気を持った指先だった。訝る汀に彼女は少しだけ後ろめたそうに唇を離した。
「夏姉さんの……形見、だから」
 随分と使い込まれた、年代を感じさせる細長い金属。
 冷たさはこもった思いの嫉妬だろうか。
「そ。夏姉さんの、ね」
「……ごめん」
 実のところ、汀は別に不愉快を感じてはいなかった。そうなのかと納得しただけだ。
 甘いなあ、と再度思う。
 別の誰かの思い出の品に触って欲しくないと言われて、許してしまうのだから相当な甘さだ。劇的と言って良い。
 ヘアピンに触れないように、指先で髪の流れを辿る。そのまま後頭部へ手を回して、ギュッと抱きしめた。
 
 非情を得るために己へかけていた卑錠は、彼女に開けられた。
 饒舌で隠していた甘さは、錠絶の末にさらけ出された。
 
 沈んでいた下思いは、三度目のキスで引き揚げられた。
 
「いとしいいとしいというこころ」
「え?」
 抑揚なく、呪文みたいな口調で呟いたので、梢子はそれを変換できない。
「なに? なんて言ったの?」
「ヒント、かな。オサがあたしに触りたくなる理由の」
「え、汀、もう一回言って」
「ここから先は別料金になります」
「馬鹿。意地悪しないで教えなさいよ」
 抗議のつもりか、梢子が背中に回した腕で髪の毛を引っ張ってきた。
 けっこうな力の強さだ。きっと何本か抜けているに違いない。
「やめてよ禿げたらどうするの」
「別にいいわよ。それでも汀は汀だから」
「あたしは嫌だーっ」
 こうなれば意地でも教えるまいと、汀は固く決意して、彼女を包む腕を強める。
「わかんなくても好きなだけ触らせてあげるから、お願いだから髪引っ張んないで」
「うぅ、気になるけど……本当?」
「ほんとほんと」
 梢子はまだなんとなく名残惜しそうだったが、結局は手を背中に戻した。
「まあ、いいけど。別に」
 ぽふん、と体重を預けてくる梢子を受け止めながら、それなら髪の毛の抜かれ損だ、と汀は心でちょっと泣いた。
 さて、成り行きとはいえ、約束をしてしまった。
 好きなだけ。それは彼女が飽きるまでという意味だ。こちらの都合は考慮されない。
 嘘は得意だが空約束は気が引ける。それなら守らなければならないだろう。
 守るのはなんだ? 喜屋武汀だ。こちらの都合は関係ないから彼女が望む限りこの身を守っていなければならない。
 梢子のために、死ねなくなった。
「そこまでさせといて、本人が気づいてないってどうかと思うわけよ、ミギーさんは……」
「だから、なにが?」
「教えない」
「汀のケチ」
 いとしい、いとしいと、言う心。
 組み合わせてできるのは戀。
 彼女が気づくまでどれだけかかるか判ったものではないから、約束の期限は不確定だ。
 明日には反故になるかもしれないし、数年数十年有効かもしれない。
「……ま、いっか。それでも」
 腕の中の彼女は天然記念物ものの鈍感だけれど、それでもいつかは気づくだろう。そうしたらお返しに好きなだけからかえば良い。それから好きなだけ馬鹿と言って、一度だけ好きだと言おう。
 告げた時、彼女はどんな顔をするだろう。
 想像しただけで笑えてくる。
 梢子がごそりと動いて、汀の耳元へ唇を寄せた。
「ね、汀」
「ん?」
「任務終わったから、帰っちゃうの?」
 その声が少し寂しげで、汀はうっかり笑ってしまった。
「あと2,3日ってとこでしょうね。次からの任務はまた向こうだろうし、こっちにはあんまり来れないかな」
「そう……」
 ここで駄々をこねるような性格なら可愛らしかったのだが。
 梢子は相槌を打ってからしばらく黙って、小さく息を吸い込んだ。
「その……。電話、してもいい?」
「別に構わないわよ? けど、今まで一度もかけてこなかったじゃない。どうしたの、いきなり」
「決まってるじゃない」
 気づいていない彼女には、本当は相応しくない言葉。
 その言葉はなによりも雄弁に彼女の情熱を物語る。
 
「あなたの声が聞きたいからよ」